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(真宗、西本願寺東京別院)中央区築地3-15 古代インド仏寺の威風が目を引きます。昭和6年に起工、10年に落成。 もとは橘町(現日本橋3丁目)にあった西本願寺が明歴の大火(別に振袖火事、丸山火事ともいう。明歴3年(1657)) で類焼、佃島の門徒が協力して海浜を埋め、土をもって再建したもの。 境内奥に幕府侍医、眼科で有名な土生玄碩(はぶげんせき)の墓があります。彼は幕末のシーボルト事件に連座した。 他に赤穂浪士の一人、間 新六(はざましんろく)の供養塔(戒名:帰真釈貞信士)、姫路藩主酒井氏の次男で文化年間(1804〜1818)に出家し、光琳派の画家として酒井抱一(さかいほういつ)の墓があります。 近くに本願寺21世門主の第6子で、22歳の時、男爵・九条良致様に嫁がれ、社会事業に尽くした美人歌人として著明な九条武子夫人歌碑があります(墓は杉並区の和田堀築地西本願寺墓地) |
