日中和平に命を懸けた一人の中国人 その男の名は「繆斌」(みょうひん)
繆斌(みょうひん)昭和20年、蒋介石の密命を受けて、命がけで平和工作のため来日しました。
戦争終結のために闘った、繆斌(みょうひん)氏の慰霊碑が中央区の鉄砲洲稲荷神社にあります。
(中央区湊一丁目6番7号)
蒋介石の密命を受けた彼の和平工作は、戦争終結に向けた起死回生の秘策であった。
東久邇宮の積極姿勢にも関わらず、繆斌(みょうひん)工作は進展しなかった。
以下「終 戦 秘 話」より一部抜粋
日記によれば、3月18日(日)午前11時、ミャオピンが来訪した。
「総理が呼んだのに、その前に何故私に面会を申し込んだのか」と宮はミャオピンに問う。
それに対する答えは
「日本に行ったら雑音の入らぬうちに東久邇宮に拝謁し、蒋主席の意向を伝えるよう申しつけられている。蒋主席はもはや、日本の政治家も軍も信用せず、只、天皇陛下だけは尊敬し、ご信頼申し上げる。しかし、日本では陛下に直接言上することは出来ないので、皇室の御一員たる殿下に拝謁申し上げるようにとの指示であった。蒋は今日、速やかに日支間に和平をもたらすを要すと考え、兄弟牆にせめぐのは一日も早く止めたいとの意見である」
と木戸幸一日記に書かれている。
ここで宮は
「日支全面和平はひとり日支両国の平和を確立するだけではなく、これを基にして蒋介石が音頭をとって、現在の世界大戦を止めさせ、世界平和にまでもっていきたい」と提案すると、ミャオピンは感動を示したと東久邇宮日記に記されている。
