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麟祥院(臨済宗) 文京区湯島4-1-8春日局(第3代将軍家光の乳母、麟祥院)の開墓。 将軍はもとより重臣たちの信頼も厚く、大奥一の実力者となったが、おごらずたかぶらず、常にしとやかで慎み深い振舞いで、 人々に対しては深い慈悲の念を持って接したと伝えられている。 春日局の墓は長い長卵形の無縫塔に、奇妙なことに塔上部の四方に丸い穴があいている。 「死後も黄泉(よみ)から天下の後成道(御政道)が見通し出来る墓」を願っていたことによる。 春日局の本名はふく(福)、父は斉藤利三(よしみつ)明智光秀の重臣、本能寺の変の後、山崎の合戦で秀吉に斬殺される。 母は美濃三人衆の一人稲葉一鉄の娘。 稲葉正成(秀吉に仕え、小早川秀秋の付家老。のちに家康に仕え、下野(しもつけ)真岡2万石の大名となる)の後妻となり二男を生み、 離婚そして慶長9年(1604)家光の乳母となり、宮中より「春日局」の号を賜わり続いて慶長17年(1612)明正天皇より 従ニ位に叙せられる。 数奇な運命の女性の墓の前には今も花が添えられています。 その印象を象徴するような深紅の薔薇の花束です。けっして墓前に手向けて似合う花ではありません。 しかしこの墓の持つエネルギーと春日局の名前にはやはり深紅の薔薇が相応の花のように見えてきました。 およそ400年前、時代をリードした女性です。 しばし、遠くを見つめ、現代はどのように見えるかご意見を伺いたい気分になりました。 四方に開いた丸い穴からこれからの世の中をずーっと見ていて欲しいと感じました。 (中野史友会資料より抜粋)2006.3.26 |