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豪徳寺曹洞宗(豪徳寺2-24)
勝国寺(世田谷区4-26)開基の吉良政忠が伯母(弘徳院殿)の菩提を弔うために建立した弘徳院(小庵であった)を前身としています。 寛永10年(1633)に彦根藩井伊家の菩提寺となり、藩主井伊直孝の法号をとって豪徳寺と改称した。 境内には仏殿、本堂、多宝塔、招福殿などが建ち、仏殿は延宝5年(1677)に建てられたもので、区指定有形文化財。 銅板葺きの屋根に一重の裳階(しょうかい、もこし)をつけ、間口17.6m、奥行き15.82mという堂々たる建物である。 これは当時流行した黄檗宗(オウバク)の建築様式で、外観はどこか中国風の印象をうける。 招福殿は猫観音を祀る珍しいお堂で、須弥壇には二匹の招き猫が鎮座しています。 これは井伊直孝が猫に招かれて豪雨雷鳴から逃げられたと云う伝えが由来しています。 手招きしたのは住職の猫であり、この縁で当時の弘徳院が井伊家の菩提寺の豪徳寺になったという。 (中野史友会資料より抜粋)2005.6.26 |
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豪徳寺 招福猫児(まねぎねこ) 東京都世田谷区豪徳寺2丁目所在の豪徳寺は幕末の大老井伊掃部頭直弼公の墓所として世に名高く、寺域広く老樹鬱蒼として堂宇荘厳を極め 賽者日に多く誠に東京西郊の名刹なり。 されど昔時は至って貧寺にして2,3の雲水修行して漸く暮しを立つる計りなりき、 時の和尚殊に猫を愛しよく飼いならし、自分の食を割て猫に与へ吾子のように愛育せしが、 ある日和尚猫に向かい、 「汝我が愛育の恩を知らば何か果報を招来せよ」と言い聞かせたるが 其後幾月日が過ぎし夏の日の午さがり俄に門のあたり騒がしければ和尚何事ならんと出て見れば、 鷹狩りの帰りと覚しき武士5,6騎、門前に馬乗捨てて入り来り和尚に向い謂えるよう 「我等今当寺の前を通行せんとするに、門前に猫一疋うずくまりて居て我等を見て手をあげ頻りに招くさまのあまりに不審ければ訪ね入るなり 暫く休息致させよ」 とありければ和尚いそぎ奥へ招じ渋茶など差出しける内天忽ち曇り夕立降り出し雷鳴り加りしが 和尚は心静かに三世因果の説法したりしかば武士は大喜びいよいよ帰依の念発起しけむ。 やがて「我こそは江州彦根の城主井伊掃部頭直孝なり。猫に招き入れられ雨をしのぎ貴僧の法談に預かること是れ偏へに仏の因縁ならん以来更に心安く頼み参らす」とて立帰られけるが、 是ぞ豪徳寺が吉運を開く初めにしてやがて井伊家御菩提寺となり田畑多く寄進せられ一大伽藍となりしも全く猫の恩に報い福を招き寄篤の霊験によるものにして此寺、猫寺とも呼ぶに到れり。 和尚後にこの猫の墓を建ていと懇に其冥福を祈り後世この猫の姿形をつくり招福猫児(まねぎねこ)と称へて崇め祀れば吉運立ち所に来り 家内安全、営業繁昌、心願成就すとて其の霊験を祈念する事は世に知らぬ人はなかりけり。 (招福猫児配布所資料)2005.6.26 |