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樋口一葉
台東区立一葉記念館(台東区竜泉3-18-4)
一葉は中島歌子らについて和歌を学び、父の死後母と妹を養いながら、朝日新聞の小説記者半井(なからい)桃水(1860〜1926)に師事し、「闇桜」「うもれ木」を発表し認められた。
しかし生活は苦しく、竜泉寺では家賃1円50銭の棟割長屋に住み、吉原通いの客を相手に雑貨屋で生計をたてた。

竜泉寺界隈の情景を書いた「たけくらべ」は出世作になったが、その短い生涯ゆえの正義感というか、やがて小説を書く上で、その眼は明治資本主義社会への矛盾へと向けられてゆき、小説は批判を加味し、次第に社会主義的傾向が強くなっていった。 一葉は桃水に一目惚れし、愛を育んでいた。
記念館には「たけくらべ」草稿や書簡、短冊、遺品、仕入帳や下着類も保存され、その他同時代の図書、雑誌、風俗資料が多数保存されている。
明治28年(1896)11月23日は一葉の命日。



夏目漱石と樋口一葉
漱石の年譜を見ると「2才で浅草南部の添年寄塩原昌之助の養子となり(22才で夏目家に復籍)、戸田小学校(現精華小学校-台東区蔵前)に通う。成績飛び抜けて優秀。10才の折、下谷西町15番地に移る。」とあり、若き漱石は台東区で育ったことがわかる。

その漱石が同じ台東区に縁のある樋口一葉の見合い相手だったことは意外と知られていない。
一葉の家は明治維新後落ちぶれたとはいえ、もと幕府同心と云うことで、夏目家は漱石に見合いを勧めたと云う。 漱石が丁度胸を患い、また2人の兄を同じ病気で失っていたなどで、貧しい家庭の一葉を避けていたと云うところだろう。
本当なのでしょうか。



一葉の日記
一葉の不朽の名作を書いた作品と不即不離(二つのものが、つかずはなれずの関係であること)といえる一葉の「日記」は小説よりも興味深く、文章が練れており非常に文学的価値が高いと云われている。

一葉の死後、故人の日記を公刊するかどうかで関係者は迷ったが、鴎外と露伴の意見で暫くして世に出ることになる。
公刊されて本を読み、気持ちを損なった人もいたようだと云う。 それはお付き合いしている割りに名前が出なかったと感じたり、自分をそれ程好きだとは思ってくれていなかった、と云うようなものであった。

半井桃水とはその後周りの人の中傷もあって疎遠になるのだが、暫くぶりで会えた日の日記から一葉の心の軌跡を辿ってみると、
「そのむかしのうつくしさはいずこに…肩幅の広がりも、やうやうにせばまりやせて…ただ誠の兄君、伯父君などにおぼゆ」 と記され、時を経て自分の心を冷静に見ているのが分る。
しかし、いつまでも忘れられない大切な人であるには間違いないであろう。

24才と云う若さで一葉は結核により世を去り、当時の馬場孤蝶、川上眉山、斉藤緑雨の誰かを思慕していたと云われるのだが、
遺言とも云える一葉の短歌は、桃水を含め、いったい誰のことを詠んでいるのだろうか。

敷きたへの枕のもとに海はあれど 君をみるめはおいぬ成りけり

(中野史友会資料より抜粋)2004.11.23




レモン哀歌

高村智恵子終焉の地(品川区南品川6-7-28 東京マックス)
昭和6年(1931)8月高村光太郎は時事新報の依頼で、大正4年(1914)光太郎32才、智恵子29才の結婚以来初めて一ヶ月近く家を留守にし、三陸地方を紀行文執筆のために旅行をした。
智恵子に初めて精神分裂のきざしが現れるのは、その頃からである。翌7年7月に智恵子は自殺未遂を図る。智恵子の精神分裂の原因をはっきりと断定することは難しいが、その前年の智恵子の実家破産と一家離散は、智恵子の精神に暗い影を投げかけたことであったろう。

光太郎は全精力を智恵子の回復のために注ぐ。いままで結婚から20年間俗世間のしがらみに反発して果たしていなかった入籍も行った。
昭和8年(1933)には智恵子と東北の温泉めぐり、昭和9年には九十九里への転地療養なども試みた。
しかし、病状はますます悪化の一途をたどる。光太郎は家事の雑用と看病に追われて数年間彫刻もせず、詩もまとまらない空白時代を過ごすことになった。
だがその空白時間は、のちに「智恵子抄」に見える珠玉の詩編として結実するに至る産みの苦しみの時期であったと云えよう。

智恵子は昭和10年2月、南品川6丁目1441番のゼ−ムス坂病院の15号室に入院したが、その時既に結核という病魔に身体を蝕まれていた。 しかも、それは光太郎にも感染しており、彼は血を吐きながら彼女を見舞う生活を送ることになるのである。
入院中の智恵子は数千点の紙絵細工を残している。その紙絵を無心に作る姿は看病と闘病に疲れ果てた光太郎の心を随分と慰めたことであろう。
智恵子の臨終は昭和13年10月5日夜になる。死因は粟粒性肺結核、53才の生涯であった。
(中野史友会資料より抜粋)2004.12.8



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